所感
京アニだからじゃない。
クリエイターだからじゃない。
人間が、あんなふうに命を落とすということ。
ごく普通に自分の人生を生き、そして懸命に仕事に勤めていた人間たちが、あんなにも理不尽に命を奪われたということが、これ以上になく、耐え難いほど無念なのだ。
今日一日、長崎原爆を受けた一被爆者の一つの言葉が、私の脳裏を離れなかった。
『人間は、父や妹のように、霧のごとくに消されてしまってよいのだろうか』
良いわけがない。良いわけがないのだ。
そんなことは誰にだって、わかりきっているはずなのに。
…どれだけ冷静に考えようとしても、私はやはり京アニの作品が好きだ。
人の心に深く根を生やし、細密に、そして信じられないほど繊細に編みだされたその作品群は、私の暗い胸の中に火を灯した。
だから私は、どうしても京アニに肩入れせずにはいられない。
私は一介の、全く無名の京アニファンでしかない。
私は、今回の事件を『一歩引いた立場』で考えることができない。
まったく馬鹿な話だ。
彼らはこれからも末長く、強すぎる熱量を持った作品を創り出してくれる。
当たり前のように、そう信じていた。
だから、どうしても思ってしまう。
どうして、よりにもよって、あんなにも優れたクリエイターたちが、こんなにも惨たらしく理不尽に、殺されなければならなかったんだ。
亡くなった方のご冥福と、被害を受けた方の回復、そして京アニの再建を心から祈っている。
そして、こんな無残で理不尽な事件が、二度と起こらないことを願う。
こんな聖人ヅラしたような言葉、死んでも言いたくはなかった。