首なしサンタと最後の密室事件(前編)
『首なしサンタと最後の密室事件』
クリスマスが今年もやってくる。
そのまえに、必ずやってくるものがある。サンタさんのことじゃない。
クリスマス・イブである。
俺がこの世に爆誕したのは、まさにクリスマス・イブ当日だった。
そしてその日付は生まれた瞬間に背負わされ、俺の足を一生に渡って引っ張り続ける呪いだった。
賢明なる読者諸氏、考えて欲しい。
多くの子供たちにとってクリスマスとは、誕生日と並ぶ年に二回のプレゼントのボーナスステージだ。
そこにおいて、クリスマスイブが誕生日である、ということはどういうことか。
もうわかっているはずである。
誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが悪魔合体し…ボーナスステージはたった一度となる。
それはありえたことか?ありうべきことか?
周りの友達は年に2度、自分の望むモノ、喉から手が出るほど渇望する何か…を手に入れることができる。
しかし自分は一度だけ。自分だけは、年に一度きりなのだ。
学校のみんなは誕生日とクリスマス、年に二回もプレゼントもらえる、なのに僕だけは一回だけ、こんなの絶対おかしいよ、とわめきながら両親に訴えかけた八歳の冬の日の光景が、まぶたの陰にうっすら浮かぶ。
そんな言葉が聞き入れられるわけがない。
生まれながらの悲劇を背負わされた運命の子をこれ以上増やさぬために、俺には何ができるか?6限の現代倫理の授業を完全に無視して考えた結果、一つのあまりに明快な答えにたどり着いた。
それはまさにコロンブスの卵であり、コペルニクス的転回でもあった。
そうなのだ。
人類が子供を作らなければいい。
なんなら、人類は結婚しなければいいのである。
『そんなことより、聞いてほしいんだけど』
俺の話の区切りを捉え、彼女はすらりと斬り込んできた。
でも、なにも焦ることはない。
午後4時半過ぎ。十二月下旬の図書室の窓は灰色の空でいっぱい。それでも寒空の所々を、オレンジ色の残照が、うろこのようにたなびいている。
俺は座ったまま少し身をかがめ、受付カウンターの内側、足元にある電気ヒーターのレバーを“強”に合わせると、落ち着いて、そしてできるだけ真剣に切り出した。
『いいか?俺はなにも俺だけの運命を呪ってこんなこと言ってるんじゃない、これからの将来、このまま手をこまねいていれば無数に生まれ続けるであろうクリスマス・イブ生まれの子供たちの』
『ここ一週間、生徒会室で変なことが起き続けてる』
『無視』
『誰かが備品とか役員の持ちものを隠してるみたいなの、毎日ね』
『なんじゃそりゃ。単に備品だの持ち物だのの紛失が一週間毎日連続してしまいました!って話じゃないのか』
そうだとしたら弊学生徒会、物品の管理能力に不安がありすぎるのだが。
しかしその不安は不幸にも一蹴されることとなった。
『それはない。明らかに何者か、それもおそらく同一犯の犯行なのは間違いない』
『なんで断言できるんだ?』
『これを見て』
彼女は肩からかけたボストンバッグに右手を突っ込んで何かを取り出し、俺の面前の、帳簿とペンケースだけが出ている寂れたカウンターに置いた。
『なんだ、これは』
『サンタクロースの人形。木製のね』
『そんなことはわかる。俺が聞きたいのは』
その先に続く言葉を口にしようとする俺の脳裏を、一つの予感がかすめた。
ああ、絶対めんどいことになりそうなやつだ。
『…なんでこの人形には、頭がないんだ?』
『それは私が聞きたいところなんだよね』
カウンター上に無残に横たわったサンタの木人形は、いたってシンプルなものだった。赤いサンタの服に赤い帽子。でっぷりとした洋梨のような胴体は赤く塗られ白いボタンの模様があしらわれている、両腕が球体関節ではめ込まれている。下半身は半球で、赤く塗られている。そしてその半球の下面に黒い靴が二つくっついている。これが両足らしい。
全体的にかなりまん丸にデフォルメされた、でぶっちょで愛嬌のある人形なのだろう。
その人形が首なしでなければ、の話だが。
見たところ、胴体の首元の白い襟の間に、本来なら頭のパーツがはめ込まれてあるはずらしい。
しかし、そこにあるべきサンタの首はない。
さながら、斧で手荒く断ち落とされた首の切断面を覆い隠すかのように、首元には赤い帽子がのっかっている。
まったく趣味の悪い代物だ。
『物がなくなったあとに、必ずこのサンタの人形のパーツが残されていた。消しゴムが盗まれたら、消しゴムが入っていたペンケースにサンタ人形の右腕が。生徒会室に置いてあったマグカップが盗まれたら、マグカップが置かれていた場所にサンタの胴体が…って感じでね』
さながらバラバラ殺人の様相を呈している。
『どう考えても犯人からのアピールだよな。“この犯行は、わたしが犯(や)りました”的な』
『そういうつもりなら、犯行の生産者として責任持って自分の名前も書いといてほしいんだけど』
『盗難事件の解決なら、俺に持ち込むより職員室にでも駆け込んだほうがいいんじゃないか』
『別に大事にするようなものは無くなってないし。それに…』
彼女はにわかに口ごもった。
『それに?』
『職員室に持ち込むには、ちょっと体が良くないものが持ち去られちゃって』
『何?大麻とか?』
多くの一般的で健全な高校生は、生徒会が普段何やっているのかなんて知る由もない。
神聖かつ厳粛なる生徒会室でいけない草を育てていたとしても、ほとんどの生徒は生徒会室に出入りすることがないから気づかない。
隠したいものは、一番意外なところにポンと置いとくのが昔からの定石なのだ。
『白い粉的なやつはちょっと体が良くないじゃ済まないんだよなあ…』
『じゃあなんなんだ?』
『お菓子。私が持ち込んだ百二十円のスナック菓子』
『はあ?小学生かよ』
今時、高校生が学校にお菓子持ち込むぐらい別に問題にもならない気がするが。うちはそんなに校則にうるさい学校でもないし。ただし、ハッピーターンなら話は別だが。あれは白い粉的な部分がヤバい。
『常識的に考えてさあ』
彼女は長く艶やかな黒髪の毛先を少し弄びながら、言った。
『生徒会長が自分のお菓子盗まれたからって、わざわざ職員室にタレコミに行く…っていうのははどうなんだってこと』
『なるほど』
言い忘れていたが、彼女は弊学の現役生徒会長なのである。えらい。
そしてその会長が持ちかけてきた問題は、なかなか難しく微妙だ。
もしも肯定的に評価するとすれば、校内で起こるありとあらゆる事件を見逃さず、たった一つのお菓子にまつわるくだらない…もとい“微細な”事件ですら放置しない、責任感旺盛な生徒会長だ…と感じる。
そして否定的に評価すれば、というか普通に考えれば、端的にアホだ。
『お菓子以外で無くなった物も、別にたいしたものはないし。教員側に伝える、ましてや警察に…なんていうのは完全にバカげてる』
『そんなんだったら、生徒会の内部でいいように処理すりゃいい』
『でも私は、盗まれているのが“たいしたことないものだけ”っていうのが問題だと思うの』
『何言ってるんだ?』
それはつまり、たいしたものが盗まれていれば逆に問題にならないということだろうか。
例えばこの学校の命運を握る秘密文書が警備厳重な金庫から盗まれていたなら特に問題なし、解散!廃校!ということだろうか。
この学校がなくなれば、この学校が抱える問題も同時に消えて無くなるのである…などとくだらない揚げ足を頭の中で取っていると、会長はこう言い足した。
『この一週間生徒会室で変なことが起き続けてる、って言ったでしょ』
『ああ。消しゴムとかマグカップとかが盗まれて、それと引き換えにサンタのバラバラの五体が残されるという残忍な犯行が繰り返されてる』
『一連の事件は全部、生徒会の部屋で発生している。そして一つの例外もなく、なくなっても私たち役員が困らない物ばかりが消える』
『ずいぶん生徒会への愛と思いやりに溢れた泥棒だな。愛校心そのものだ。生徒会役員が失っても迷惑を被らない物を、きちんと把握してるとは』
『そこが問題なの』
気づけば外の曇り空は最後の明るみを失って、闇の中に沈み込もうとしていた。
会長はカウンターに身を乗り出し、こちらに顔を近づける。
『この事件、生徒会の内部を良く知っている者…はっきり言って、生徒会役員の誰かが犯人としか思えない。だから部外のあなたに解決してほしいの』
『もう店じまいの時間だ』
時計は5時を指している。俺はカウンターに出ている帳簿を引き出しに、ペンケースは足元のバッグにしまう。ヒーターのレバーを『切』に合わせ、コンセントを抜く。軋むパイプ椅子から立ち上がりつつ、カウンターの引き出しから鍵束を取り出した。
『どうせ帰ってもやることないんでしょ?』
カウンターを出て窓の施錠に向かう俺の背中に、言葉の鏃が突き刺さる。
『俺は早く帰らなければならない』
会長の方を見ることなく、俺は図書委員としての責務に専念する。東側の窓を一つ一つ点検し、カーテンをかける。
『いい子にしていないとプレゼントもらえないからな』
次は西側の窓だ。足早に本棚の林を突き抜ける。
『ねえ、もしかして…未だにクリスマスプレゼントもらってるの?』
振り返ることなく俺は答える。
『ウチにはクリスマスプレゼントという概念もなければ、誕生日プレゼントという概念もない。あるのはただひたすらに12月25日に渡される尊き親からの“プレゼント”という名の日本国銀行券、それだけだ』
『そう…』
西側の窓の鍵を確かめ、施錠していく。
窓の外に広がるグラウンドには運動部の姿もなく、校庭に面した道路の街灯に照らされて、プラタナスの枯れ並木は寒々と立っている。残光を失った辺り一帯に、夜闇がそろそろ横たわろうとしているのだった。
その光景の上からカーテンを走らせ、外界をシャットアウトする。振り返って図書カウンターの方を見る。
壁に掛けられた時計は先ほどと大して変わらず、5時1分か2分あたりを指している。ちょっと聞いてみるか。
『30分くらいかな』
『え?』
『最終下校時間だよ。冬って何時までだっけ?』
『最終下校時“刻”ね。冬は18時まで、夏は19時まで』
『思ったより遅いんだな』
図書当番は一年通して17時終わりだから全く意識したことがなかった。
まあ、それなら好都合だ。
『職員室に先に鍵返してから行くか、生徒会室』
『早く帰っていい子しないといけないんじゃないの?』
は?ほんまに帰ったろか?とりあえず勢いよくカウンターへ戻る。
『最終下校時間を守れば非のつけどころのない良い子だろ。それに』
窓の鍵束はポケットに突っ込んで、カウンターの引き出しの鍵をかける。
『なかなか小粋じゃないか、クリスマスイブにバラバラのサンタとは』
生徒会の人間の持ち物だの備品だの、宇宙の果てに消え去ったとしたってそんなん知るかって感じだが。後に必ず意味深なメッセージが残されているとなると、妙な関心が湧き上がってくる。
生徒会長はすでに図書室の出入り口に立っていた。
『…いい子ってなんなんだろうね』
『俺を見てたらわからないか?』
『自らが反面教師であることを自覚してるんだ』
クソ以下の会話を繰り広げながら、俺は室内の照明を消し、会長とともに図書室を出る。鈍色に光る鍵を回すと、図書室は完全に施錠された。
* * *
生徒会室は第一特別教室棟の一階の、廊下の突き当たりにある。
図書室は同じ第一特別教室棟の四階にあるが、直行はできない。特別教室棟に隣接する一般教室棟にある職員室に鍵を返す必要があるのだ。
人通りのない廊下を歩いて辿り着いた職員室の明かりは、煌々と明るく室内を照らし出している。
ご苦労なことに、大半の生徒が帰った後も弊学の教師たちは忙しいようだ。
俺が図書室の鍵を返却している間に、会長は若い女の家庭科教師の方に行って、何やら会話していた。時折笑い声をあげながら会話を楽しまれているところ恐縮だが、俺は用事を済ませたい。会長の後ろに立って声をかける。
『帰っていいか?』
『あ〜…じゃあ先生、また後で来るので』
そう会釈する会長の手には鍵束があった。
『その鍵は?』
『ああ、これ?…』
会長はすこし曖昧な微笑を浮かべて答えた。
『これがないと、悲劇的結末に至ることになるから』
『は?どゆこと?』
『君のことだよ』
『何言ってんだか全然わからないんですけど…』
『そのうちわかるよ』
俺たちは一階に降り、第一特別教室棟に向かう。真っ暗かつ定型的な授業教室の繰り返しを横目に見つつ、廊下の突き当たりに来ると渡り廊下があり、その先には第一特別教室棟がある。
その一階には木工室、家庭科調理室、生徒会予備室、生徒会室が並んでいる。
そして、生徒会室は廊下の一番奥にある。まっすぐ生徒会室へ向かう…のではなく、会長は調理室の後方ドアの前で立ち止まった。
ベージュのPコートのポケットから鍵束を取り出すと、ドアに差し込んで開錠し、当然のように中に入っていく。
見ている間に会長は室内照明をつけ、教室後方の小黒板の脇に鎮座する大型の冷蔵庫を開け、何か探している。
何やってんだ?と思いつつ、ドアから教室を見渡してみる。
考えてみれば、調理室に来るのは今年の春の調理実習以来の気がする。
大して教室の内装に注意を向けたことなんてなかったが、改めて見てみると面積はかなり広い。ぱっと見の印象、普通の教室より奥に広い感じがする。特別教室特有の広さとでも言えばいいだろうか。
と言ってもデカい調理台が12台ほど並んでいるのだから、教室自体がでかくなければならないのも当たり前だが。
ぼんやり見ていると、調理台の内、真ん中の一台に目が行った。
正確に言えば調理台そのものではなく、その直上の天井に、だ。
その一角だけ最近天井が張り替えられたらしく、周りよりも白さが浮き立っている。
『おまたせ〜』
と言って戻ってきた会長の手には、ラップのかかった羊羹の皿があった。
『食べんのか?』
『それ以外にどんな使い道があるの』
『それ取るためにわざわざ家庭科室来たのか?』
『そうだが?』
『そうだが?じゃねえよ』
『仕方ないんだよ、悲劇的結末を回避するにはこうするしかないんだよ!』
会長は力強くボゴッと地面を蹴って顔を上げ、羊羹片手に俺と向き合った。荒ぶるなよ、馬か?
…ボゴッ?
『なんか今、変な音しなかったか?』
『え?』
会長の足元を見ると、あらびっくり。
会長が立っているのは、ドアのすぐそばの床だ。その表面に、丸い赤地に白文字で「消火器」と書かれたマークがあしらわれていた。
よく見ると、そのマークの脇に銀色の取っ手が付いている。
『地下収納か、これ』
『ああ、これね〜…』
会長はもう一度ボゴッと床を蹴った。
『ここだけ中が空洞だから音が違うんだな』
『ウチの学校、消火設備過剰だからなあ…』
会長は照明を消し、調理室から出てきた。
『そうなのか?あんまり消火器とか注意してみたことなかったけど』
『だってこの地下収納の消火器、ここ以外でも木工室とか理科室とか…特別棟の教室だったらどこもあるよ』
『へえ、だとすると生徒会室にもあるのか?』
『生徒会室?ないなあ』
『う〜ん、仲間外れかな?』
たった今、特別棟の教室だったらどこにでもあるって言ったのに…。
しかし、特別棟に生徒会室っていうのがそもそも浮いてる気もするが。
などとモニャモニャ思っていると、会長はおもむろに俺の後ろを指差した。
『あそこ、廊下側の壁見て。生徒会室の手前側のドアの近くの』
言われて振り返った背後、廊下側の壁の窓の下に、消火器のボックスが据え付けられている。
『あ!あれってあれじゃん、ボックスのふたを開けるとメッチャデカい警報音が出るやつだ』
『えっ?』
なにそれ?どゆこと?と、露骨にいぶかしがりながら会長は俺を見た。
『え、知らない?街中に消火器の入った赤い箱が時々あるだろ』
『消火器ボックスのこと?』
『それ。あれってさ、開けるとけたたましく警報音がなるんだよ』
『ちょっと待って。当たり前みたいに言ってるけど、なんで街中の消火器ボックス開けたことがあるの?火事に出くわしたの?』
『いや。そこに消火器ボックスがあるから開けた』
『登山家みたいなこと言ってんじゃないよ』
いやいや、かつて元気な小学生だったことがあれば全員アレを開けたことあるよね?え?ない?ないって言った奴最終学歴幼稚園か?
『いずれにせよ』
会長はもう一度、廊下の壁の消火ボックスを指差した。
『生徒会室の近くにもちゃんと消火器はあるってわけ』
『消防法とかでそういうのしっかりしてないとダメなんだろうな。知らんけど』
『それはまあそうなんだけど』
会長は調理室の鍵を閉めながら言った。
『うちの学校、何かと火事が多かったみたいだから』
『何かと火事が多いって何?江戸か?』
『去年の冬に調理室でボヤがあったの、覚えてない?』
『ああ、言われてみれば』
確か去年の12月だか、家庭科調理室ではボヤ騒ぎが起きた。
調理実習中にどっかのバカが熱した天ぷら油に水をぶちまけて天井を焦がす火柱を召喚し、調理台が一つ焼けたらしい。
幸い怪我人は出なかったそうだが、三学期に予定されていた調理実習が中止され、四月に延期されたのを覚えている。
そう考えてみると、一箇所だけやたら白かった調理室の天井のこともうなずける。
まさにあそこの調理台で火柱が爆誕したのだ。
三学期の調理実習が四月に持ち越されたことから考えれば、その修理のための工事は春休みごろに行われたのだろう。
『まあ去年のはボヤだったけど、ウチの学校って校舎が放火で全焼したことがあったみたい』
『はあ?!』
全焼とはなかなか恐れ入る。江戸の華って感じしてきたな(?)。
『校舎が木造だったくらい大昔のことらしいけど。それで、この辺の学校ではいち早く鉄筋コンクリートの校舎になって、消火設備を充実させるようになったらしいんだよね』
『さすが生徒会長だな。なんでも知っていらっしゃる』
『もっとも、去年のボヤ騒ぎの時のことはそんなに詳しくは知らないんだけど』
『そうなのか?意外だな。生徒会室のお隣のことなのに』
『私、去年は生徒会いなかったから』
そう言うと、会長はすたすたと生徒会室へ歩き出した…羊羹を片手に。
* * *
『ああ会長閣下、戻ってきたの。ところで後ろに連れてるの何?背後霊?』
生徒会室入室一番、俺は生徒会副会長閣下から素敵な歓迎の言葉を賜った。
『残念ながら背後霊ではなく探偵役なんだよね〜、副会長閣下』
『除霊してくれればこのまま帰るが?』
『自ら霊って認めてるんだけど』
『というか俺ここ入っていいの?』
そこで会長答えて曰く
『いいにきまってんじゃん』
同時に副会長答えて曰く
『だめにきまってんじゃん』
どっちだよ。会長と副会長がFACE to FACEなのに生徒会の意思疎通崩壊してんじゃねえか。事前にアポとコンセンサス取っとけよ、社会人の基本だぞ。全員社会人じゃないけど。
副会長閣下に拒否られたからではないが、生徒会室に入るのに二の足を踏んだのには理由がある。
『ていうか、どう見てもクリパ中だよな、これ』
『そうだよ。クリスマスは明日だけど、明日は終業式終わったら生徒会室寄らずにみんなそのまま帰るだけだから、今日やってる。やることも別にないしね』
生徒会室内には、幾つかの机を給食の時間の時の要領で並べた作業台的なものがあり、その上に切り分けられたケーキの皿やティーカップやらクラッカーやらが並んでいる。
そして、俺からいちばん近い席に副会長が陣取り、いちばん遠い机の方に、俺の知らない一年生が三人、そぞろに身を寄せ合い、我々の不毛なやり取りを遠巻きに見つめていた。
あれは、生徒会の一年役員たちだろう。
そして、生徒会室にいるのは、俺を除けば全員女だ。
とどのつまり、女性しかいないクリスマスパーティー会場に意味不明な男が乱入した感しかないのだ。
いや、事実乱入した。
この空間にいると、自分が存在すること自体が申し訳なくなってくる。
もういいから除霊してくれ。
『ま、事件解決できるっていうんだったら別にいいけど。いいよね?』
副会長閣下のお言葉を聞くと、はあ、まあ、そうですねと、哀れな一年生たちはへどもど答えている。
なんなら俺の存在自体が事件まである。あれ?俺を除霊したら事件解決じゃね?
『解決するっていうか、何が起きたか考えてみるだけだし、別に邪魔するつもりはないよ』
『というか時間が割と押してるし、ちゃっちゃと探偵君に手がかりを与えてあげてよ、副会長』
壁にかかっている時計を見ると、5時20分を過ぎたあたりだ。
油断したら一瞬で6時だ。
生徒会長は例の作業台に行って、空いているスペースに羊羹を置いた。
俺は会長に続いておそるおそる作業台のそばに立った。
一年たちは相変わらずひとかたまりになってこちらを見守っている。俺ってそんなに怖いんか?辛いんだが?いきなり号泣していい?ていうかいきなり知らん男が号泣しだすのめっちゃ怖いな?
『まあ、ここにかけて』
会長は、副会長の目の前、ちょうど羊羹が置かれた席を俺に勧めた。
俺が万斛の涙を飲んでその席に着くと、副会長はショートケーキを一口食べ、ほのかに湯気を立てるアールグレイを無造作に飲み、早速話を切り出した。
『で、会長から話はどこまで聞いてるの?』
『ここ一週間くらい連日、消しゴムやマグカップなどが、おそらく同一犯らしい何者かに持ち去られ、その犯行現場にはサンタの木人形のパーツが意味ありげに一つずつ残されるという非常に陰惨な事件だとは』
『大まかには聞いたわけね。いつどこで何が盗まれたかは聞いてる?』
『それは詳しく聞いてない。別に盗まれても困らないようなものしか盗まれてないとしか』
『いや、超困りました!』
突如、身を寄せ合っていた一年の一人が身を乗り出し、口火を切った。
お前…喋れたんか…いや、さっき地味に喋ってたわ。はあ、まあ、そうですねつってたわなお前らな。
『私、歯磨き粉盗まれたんですよ』
名もなき一年はポニテをブンブン振り回しながら自分の被害を訴えるが、ちょっと待て。
『は、歯磨き粉ォ?』
コイツ学校に歯磨き粉持ってきてんのか?最近の高校生よくわからん…。
と思っていたら、副会長がフォローを入れてきた。
『念のため言っとくけど、歯磨き粉っていうのは人間が歯を磨く際に使われる…』
『そこじゃねえから!なんで学校に歯磨き粉持ってきてんだよって話』
『いや、歯を磨くからですけど…』
『どうしてなん!いつ磨くん!』
おもわず謎方言を放ってしまったところに、再び副会長が割って入った。
『いや、お昼食べたら普通磨くでしょ。男子がどうかは知らんけど』
『あ、はい。そういう文化ね…』
言われてしまえば、まあそうなのですねとしか言いようがない。
『まあこの人文明に触れたことないからね、しょうがないよ』
文明に触れたことない人間に事件解決求める団体なんなん…生徒会っていうんですけど…。
『歯磨き粉はどんな状況で…いつ、どこから、どんな風に盗まれたのか教えて欲しい』
『え〜っと…おととい?四日前?いや、というか月曜日の昼休みに歯を磨いた後、歯ブラシケースをカバンに入れてから生徒会室に来て、そのまま部屋にカバン置いといたら、目を離したすきに盗まれたみたいで。カバンをふと見たら、サンタの人形の腕が置いてあって…』
『なるほどね』
月曜は三日前だ。おとといでも四日前でもない。盗まれたのいつだよ。
…いや、めっちゃ日付あやふやなのはとりあえずいいとしよう。めんどい。
『サンタの腕があったから、何か盗まれたと思ってカバンの中を確かめてみたら、案の定歯磨き粉が入っていなかった、と』
『いえ、歯ブラシケースに歯磨き粉が入ってたんです!』
『は???』
『しかもそれ塩歯磨き粉だったんですよ!!!』
『は????????』
『今口内炎できちゃってるから染みちゃって困るんですよ!!!!!』
『はあ?????!?!???!?!?!??!?!??!?!?』
『OK、わかった、リコ、あとは私が説明する』
『あ、はい…』
またまた副会長が割って入る。ナイスアシスト。できればもっと早く割って入ってくれやあ…。
リコと呼ばれたポニテの暴れ馬は一年の塊の方に戻った。鎮まりたまえ、鎮まりたまえ…
副会長が足元のボストンバッグをいじりつつ、同時にアールグレイを器用な手さばきで飲んでいる。
視線の行き先に困り、俺は生徒会室内を見回してみた。
しかし、別に面白みも無い普通の教室だ。
そりゃもちろん、俺が普段授業を受ける教室と広さこそ同じだが、そこにある物は同じでは無い。
教室後方の壁には、背の高い戸棚が大量のファイルを飲み込んで並び立っている。その戸棚の脇には、お隣の生徒会予備室に連なるドアがある。
プリントらしきものが詰め込まれた段ボールや、書類や文具を満載した机がそこかしこにある。
床がリノリウム張りなのは調理室と同じだが、調理室の床が薄褐色だったのに対して生徒会室は薄緑色だ。
床といえば、と思って教室後方のドアあたりの床を見てみる。
そのあたりには、例の赤い消火器のマークは見当たらなかった。会長が言った通り、本当に生徒会室内には消火器を置いていないらしい。
全体としてみれば特筆すべきことも無い、いかにも生徒会室って感じの生徒会室だ。
まったく面白く無い。
くだらない観察をしていると、会長がきゅうすと湯飲みを持ってきた。
『お茶でございます』
『あ、お気遣いなく…』
『きゅうすに入ってるからいい感じに入れてね、てめえで』
『あ、はい』
自分で湯飲みにお茶を注ぎながら、俺は考えた。
羊羹とお茶。なんとも落ち着く素晴らしい組み合わせだ。
たとえ目の前の机にホールケーキが入っていたと思われる箱の残骸や、切り分けられたケーキがのっていたと思われる紙皿の残骸や空になったカップがあったとしても、いやむしろそんな荒涼とした光景の卓上だからこそ、素晴らしく和の心、侘び寂びを体現している。
クリスマスケーキ、俺のような部外者の分はないんやな…。
『会長』
俺は突如一つの推測にたどり着いた。
『なに?』
『さっきの羊羹って…もしかして俺用のお茶請け?』
『今更なに。そうだが?』
『そうだがじゃあないんだょ…』
会長は初めから、俺の分のクリスマスケーキは残っていないと認識していた。だからわざわざ職員室から鍵を借りて調理室の冷蔵庫の羊羹を俺のために…
『いや、なんで調理室の冷蔵庫に羊羹が普通に入ってるんだ?』
『自分で食べる用で入れたんだが?先生に許可をもらって入れてたんだが?だけどクリスマスイブに一人だけケーキも何もなしじゃお前が佗しすぎると思って差し上げたんだが?』
『あ、わざわざすみません、いただきます…』
『どうぞ〜☆』
もしかして会長が言っていた“悲劇的結末”の回避ってこれのことなのか。え?これのことなのか?
会長、お気持ちはありがたいけどこれ…多分悲劇回避できてねえよ…せめてケーキの残り香を見せつけないとかそういう『あ!あったあった』
センチメンタルに傷つく俺を無視して、副会長は机の上に、ボストンバッグから取り出したピンク色のファンシーなルーズリーフを叩きつけた。
『これに、今日までに盗まれたモノについての情報をまとめたんだよね』
『最初に出せや!そういうの!』
『出そうと思ったんだけど、一年が暴走したからな…』
そう言いながら、ルーズリーフを俺の方に差し出した。
俺は受け取ったルーズリーフに目を通す。
それは以下のような内容だった。
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◆盗まれたものたちについてのもろもろ
17日木曜日 消しゴム ペンケースにサンタの右腕
生徒会一年のもの。17日の夕方ごろに発覚。生徒会室に置いていたペンケースに二個あるうちの一個が盗まれた。
18日金曜日 マグカップ サンタの胴体
元は生徒会の一年の会計のもの。最近は予備室でペン立てがわりに使われていた。18日の昼休みに副会長と一年が発見。
19日、20日の土日は犯行がなかった模様。
21日月曜日 歯磨き粉 サンタの左腕
一年のもの。生徒会室に置いていた歯ブラシケースの中に入っていた。昼休みに使用してケースにしまった後、夕方に無くなっているのが発覚。ケースには塩の歯磨き粉(未開封の新品)が入っていた。
22日火曜日 赤い電動鉛筆削り サンタの下半身
生徒会の備品と化しているが、副会長が去年持ち込んだ。予備室には電動鉛筆削りはもう一台ある。そもそも鉛筆削りはほぼ誰も使わないが。
・この日は生徒会室と生徒会予備室に盗品が隠されていないか、家探しを行う。結構徹底的にやってみたが、盗まれたものは見つからなかった。生徒会室外に持ち去られた?
23日水曜日 お菓子 サンタの帽子 生徒会室に置いてあった会長のスナック菓子。この日は祝日だったが、何者かが生徒会室に侵入したと思われる(お菓子は会長が22日に購入して持ち込んできたもの)。24日の朝に会長と会計が発見。
24日木曜日 今のところ、なくなったものは無いと思われる。残る人形のパーツはサンタの首だけと思われる。今日にも犯行が行われるかも?
・ただし、会長のお菓子が持ち去られたのは24日の朝かもしれない。会長と会計が来るよりも前に誰かが侵入して持ち去った、というのもありえる。
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『どう?何かわかった?』
俺が一通りルーズリーフに目を通したのを見計らって、副会長が問いかけてきた。
『いくつかわかったことがある…けど、それを言う前に聞きたいことが一つある』
座り直しながら副会長がご返事遊ばす。
『へえ?何?』
『生徒会室と生徒会予備室って、誰もいない時は鍵かかってるのか?』
『土日祝日は基本かかってるし、平日でも誰もいない時はかかってる』
『だとすると、たとえばこのメモの23日…つまり祝日、生徒会室と予備室は鍵がかかっていて、誰も侵入できない密室だったってことになるよな?』
『うん。でも完全な密室ではないよ』
『…どういう意味だ?』
『予備室のドアは、鍵がかかっててもちょっとした裏ワザで開けることができる。そしてその開け方は、役員だったらみんな知ってる究極の部外秘、一子相伝のワザってわけ』
副会長の言葉に、会長が付け加える。
『そして生徒会室と予備室をつなぐドアは鍵が無いから、予備室にさえ入れれば生徒会室も入り放題なんだよね』
『ちょっとしてない裏ワザだな』
ほぼチートというか、重大バグというか。
俺もそのワザを習得すれば生徒会室出入りし放題じゃん。別に全然出入りしたくないけど、いくらなんでも大盤振る舞いすぎる欠陥だ。会長は呆れたように笑っている。
『つまり少なくとも生徒会役員だったら、いつでも自由自在に生徒会室と予備室に入れたってことか』
俺の言葉を引き取ったのは副会長だった。
『そう。だから犯人は役員のうちの誰かという可能性が高い。というか、ほぼ確実に』
『”犯人はこの中にいる”、か』
一生に一度は言ってみたい台詞ではあったが、実際に言ってみると感慨なんて無いものだ。
いや、むしろ居心地の悪いセリフだ。
事件が解けたなら、面前にいる誰かを犯人として名指さなければならない、ということでしかないのだから。
『それじゃ、気づいたことを教えて?』
副会長に促される。気づいたこと、ね。
まず最初に、このルーズリーフを見た瞬間に気づいたこと。
これだけは言っておかなければならない。
俺は目の前のルーズリーフを指差す。
『まずひとつ。これ俺のルーズリーフだろ』
『はあ〜?何のことだか…』
しらばっくれやがる。
『これは俺がピュー□ランドで買ってきたマイメ□ディの限定ルーズリーフだ…お前は以前、俺にルーズリーフ一枚貸してっつってこの限定ルーズリーフを束ごと借りて、授業後に返したな』
『どうだっけな〜』
『どうだっけな〜じゃねえよ、お前その時百枚入りのルーズリーフから五十枚くらい抜き取っただろうが!!!』
『百枚から五十枚抜き取ったら普通即気づくでしょ!その時に言えや!!!突っ込み来ないから返すに返せなかったでしょうが!!!!』
『その時はマイメ□ディの尊さが伝わったんだったら別にいいかなと思ったんだよ!!!!!!』
鋭い二つの視線と舌鋒が、作業台の上の皿の上の羊羹の上を交錯し、激突しあう。
『ちょっといい?』
ここで会長が割って入る。何やねんこちとら盛り上がっとるんやぞ?!
『時間見て』
時計を見ると5時30分だ。やっべ、巻いて行くぞ!6時半からアニマ□クスでおねがいマイメ□ディの再放送だ!
『もうひとつわかったことがあるんだ』
俺の言葉に、会長は真面目な顔で問いかける。
『マイメ□ディ以外で?』
『マイメ□ディ以外で』
『話してみて』
『先に言っておけば、これは現状では推測でしかないが…盗みは全て生徒会室とその予備室、つまり生徒会の領域のなかで完結している。もし犯人がよほど一貫性の無い人間でなければ、生徒会室か予備室のどこかに盗品を隠している可能性が高い』
『犯人が役員の中の誰かなら、それはそうかもね』
副会長がそう言うと、会長は首を傾げた。
『だからといって生徒会室か予備室に盗まれたものが絶対に隠されているとは、確証できないんじゃない?』
副会長が、どことなく面倒くさそうな表情を浮かべる。わかる。俺もめんどくさい。
『22日には結構大掛かりに生徒会室と隣の生徒会予備室を探した。床板を引っぺがすとか壁紙を引っぺがすとかはしてないけど、戸棚や引き出しは全部あらためて見た。大量に積まれてるダンボールとかも、中を確認してみた。何かを隠せそうな場所はあらかた見たつもり。でも、盗まれたものは何一つ見つからなかった。なのに、無くなったものは生徒会室か予備室に隠されてるというの?それとも、私たちが隠し場所を見落としただけで、あなたにはどこに隠したのかわかったってこと?』
マイメ□メモを見た感じ、犯人は人目につかない瞬間を縫ってモノを盗んでいるようだ。
大掛かりな仕掛けで獲物を巧妙に隠すなんて芸当は、時間的にも場所的にも難しいだろう。
『盗品の隠し場所は、正直何とも言えない。そもそも俺まだ予備室の中すら見せてもらってないし』
『そういうなら見てみる?予備室』
副会長からの親切な申し出。だがここは一旦パスだ。
『それはちょっと待ってくれ』
『なんでさ。すぐ隣だよ?』
『最初に言っただろ、わかったことはいくつかあるって。会長、首無しサンタを出してくれ。カバンに入ってるだろ?』
『いいけど』
会長は入り口近くの机に置いたバッグから首の無いサンタの人形を取り出し、作業台に持ってくる。
そしてサンタの無残な首元を隠すように赤い帽子を乗せた。
『ありがとう』
『いえいえ。それで、これがどうかしたの?』
『今回の事件では、盗まれたものと引き換えに、必ずこのサンタクロース人形のパーツが残されていたんだよな』
『そうなんですよ、ついさっきまでなかったのに、ふと気づいたら置いてあるんですよ!』
暴れポニテが元気に答えてくれる。
そしてそれを受けたのは意外な人物だった。
ここまでしゃべってなかった一年の片割れだ。
『なんていうか…手並みの鮮やかさがまた内部の人間っぽい感じ』
一年の片割れたるシャギーショートボブの軽やかな毛先をいじりながらそう言うと、それをとなりにいるパッツン黒髪ロングの一年が受けた。
『なんかプロって感じするよね〜、なにかの』
せっかくおしゃべりしてくれたのに、話がたわいなさすぎてなんとも言えない。き□らの4コマでももうちょいたわいあるぞ。
『まず、このサンタ人形が、犯人からのなんらかのメッセージであることはわかるよな?』
『そりゃあねえ』
当然わかってますよ感を出す副会長に暴れ馬が続く。
『同一人物が犯人やってますアピールですよね?あと物盗んでます!気づいて!!!的なアピール』
『そうでもあるが、それだけじゃない』
『え〜?じゃあなんですか、もったいぶらずに教えてくださいよマイメ□先輩』
俺に対して何か不本意な呼称が発せられた気がするが、それは気のせいだ。
馬は人語を喋らない。
『…そもそもだけど、なんでわざわざ人形バラバラにしてんだろうね』
副会長がなかなかいいところを突いてくる。
それなんだよね。
『そう。物を盗んでいること、それからその盗みが同一人物の犯行であることを役員にアピールするだけなら、犯行現場に同じ木人形を置いておいたっていいんだ。いや、むしろそのほうがいい。腕とか下半身とかの小さいパーツに体をバラして置いとくより、ポンと人形を置いといたほうが見つかりやすいだろ』
すると、パッツンの一年がああ、と素っ頓狂な声を出す。
『確かにそうだった。ほら、最初に私の消しゴムなくなった時もさ』
黒髪パッツンがお隣のショートボブ子に背線を投げかけると、なにやらお二人の間で会話が始まった。部外者は黙って拝聴させていただこう。
『そういや“ペンケースになんか変なちっこい腕みたいなの入ってる”って言ってた』
『そうそう。なんでこんなもの入ってんのって感じで最初は完全に意味不だったけど』
『生徒会室とか予備室とか、あっちこっちから出てきたもんね、サンタの肉片』
『肉片つなぎ合せたら徐々にサンタっぽくなっていくっていうね』
表現が恐ろしすぎる。サンタの肉片ってなに。生徒会サンタ狩りでもしてんのか?裏の顔はサンタスレイヤー=サンなのか? 多分年一しかサン殺する機会ないだけど本当にそれでいいのか?
『ともあれ、確かに一番最初の盗みの時は、後に残されてたのがサンタの右腕だけだったからね。他の体のパーツと組み合わさっていない右腕単体だけ見ても、そもそもそれがなんなのかわからなかった』
知らん一年女子の会話に割り込みづらくてもじもじしていたところ、生徒会長が綺麗にまとめてくれる。たすかる。。。閑話休題。。。
『犯人の目的が自分一人で泥棒してますアピールだったら、腕だの帽子だの置いとくより、人形をそのまま一個犯行現場に残しておいたほうがア!なんかサンタの人形ある!ってなってわかりやすくていい。しかし、犯人はそうしなかった。なぜか?』
『人形がバラバラであるということには何らかの意味がある、ってことか』
会長のご賢察の通り。人形はバラバラでなければならなかったのだ。
『いや、全然わけわかんないんですけど。ちゃんと説明してください、マイメ□先輩』
暴れポニテのいななきをスルーしつつ、目の前の作業台に置かれた首なしサンタを手に取る。
『説明なんて無い。この人形を見たまんまだ』
『見たまんまって言っても。マイメ□パイセンの手の上にあるだけじゃないですか』
地味にちょっと小慣れた呼び方にしてきてんじゃないよ。
『そういうことじゃない。もしもこの人形に首がついたらどうなる?』
『どうって、そんなの…首ありサンタになる…とか?』
その刹那、副会長が口を開いた。
『完成するよね。最後に残った首が揃えば、全部のパーツが揃うわけだから』
『お、おう。その通り』
答えにたどり着くまで無駄に引っ張る推理小説的な展開になりそうだったが、見事にブロックされた。さすが副会長閣下、いい仕事してる。
『これも推測だが、おそらく犯人のメッセージは人形の完成がすなわち事件の完成である、ということなんじゃないか?犯行とサンタの肉片の発見は、これまで必ずワンセットだった。そこから考えると犯人は、最後の犯行が行われた後でサンタ人形の首が見つかるように仕向けていると考えるのが自然だ。そして首を取り戻したサンタが首あり完全体になる時、この一連の事件は終わりを迎えるはずだ』
『終わる…?それってつまりどういうことですか』
『いや、そこまではまだわかんね。いままでは見つかっていたサンタの肉片が、ここへきて最後の首だけが見つけられないというのもひっかかる』
暴れポニテがええっ…って感じの表情になる。いや、ええっ…って感じの表情されても実際これ以上わからんし。
『今の所、サンタの人形から読み取れるのはこのくらいだろう。人形のメッセージとは別に、もう一つ分かることがある』
『分かること、というと?』
『これはさっきも言ったことだが、犯人は必ず"盗みは全て生徒会室とその予備室で完結"させている。これは見方を変えれば、犯人は一定の『ルール』に沿って動いている、とも考えられる。会長、最近この学校の中で、生徒会以外の場で謎の物品の紛失って何かあったか?」
「ないね。私の知る限りでは」
『他に、誰かそんな噂を聞いたことがあるか?俺は無い』
副会長はかぶりを振り、一年たちは互いに顔を見合わせる。
やはり、誰もそんな話も噂も聞いていない。
『そうなれば、やはりこの事件は生徒会にまつわる空間だけで完結している可能性が高い。ましてや、犯人はこの中にいる。そう考えた場合、この『ルール』について一つの推論が成り立つ』
『推論?どんな?』
副会長は興味津々のようだ。
『犯人がそんな『ルール』を律儀に守っている理由だ。犯人は自分の犯行が、親愛なる生徒会役員の面々に必ず見つかるようにご配慮なさっているんだ。モノを盗んだら、できるだけそれが発覚しないようにしたいというのが泥棒の一般的心理だろ。しかし、今回の犯人の行動は正反対だ。犯行現場にサンタの肉片をわざわざ残すことで、自分から犯行を生徒会役員共の面前に晒そうとしている。優しさが身に染みるな』
『財布とかスマホとか、ガチでやばい感じのものは盗まないあたりにも犯人の意図を感じるんだよね。危害を与えようというつもりではないというか』
会長の言葉に副会長はうんうんと頷き、ショートボブとパッツンも確かに〜そうだよね〜とか言っている。暴れポニテだけはなんか不満げだが。
『そしてさらにもうひとつ。ルーズリーフのここを見てくれ』
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23日水曜日 お菓子 サンタの帽子 生徒会室に置いてあった会長のスナック菓子。この日は祝日だったが、何者かが生徒会室に侵入したと思われる(お菓子は会長が22日に購入して持ち込んできたもの)。24日の朝に会長と会計が発見。
24日木曜日 今のところ、なくなったものは無いと思われる。残る人形のパーツはサンタの首だけと思われる。今日にも犯行が行われるかも?
・ただし、会長のお菓子が持ち去られたのは24日の朝かもしれない。会長と会計が来るよりも前に誰かが侵入して持ち去った、というのもありえる。
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『ああ、そこね。なんか微妙な書き方になっちゃったんだよなあ』
ルーズリーフを覗き込んだ副会長は、意外でもなさそうなご様子だ。
机の向こうでは、一年二人が、不思議そうな顔をして顔を見合わせている。
会長はいつのまにか、無言で音もなく俺の後ろに立っていた。…いや怖えよ!
しかし、副会長の傍にいる暴れ馬は疑問顔だ。
『23日と24日のところがどうしたんですか、マイメ□先輩』
『24日木曜日の最後、“会長のお菓子が持ち去られたのは24日の朝かもしれない”って但し書きに注目してほしい。このメモでは、会長のお菓子の盗みは23日か、24日の朝に発生したかの2パターンが想定されてるな』
『そうそう、お菓子盗まれたのがいつだったか、結局わかってないんですよね』
『いいや、わかる。23日だ』
副会長が椅子に深く座り込む。
『急に断言したね』
『ここまでくれば簡単な話だろ?犯人は何らかの理由から、役員たちに犯行とサンタの肉片を発見してほしい。そして、明日は終業式だ』
会長は俺の椅子の背もたれに手をかけた。
『明日最後の犯行を行っても、誰も発見してくれないかもしれないということでしょ。犯人は生徒会役員だから、明日の終業式後に生徒会室に誰も役員が来ないことを知っている』
『だから、優しい犯人さんとしては、事件を役員たちに見つけてもらうためには今日を最後の犯行の日にするしかない。生徒会室か予備室のどこかに、すでにサンタの首はあるはずだ』
俺は席から立ち上がる。
完全な夜が窓の外を満たしている。
黒板の上の時計を振り仰ぐと、5時45分を指している。
『しかし、時間がだいぶアレだな』
そろそろ定時だ。仕事を切り上げてお家に帰らないと悪い子になってしまう。
そしてなによりおねがいマイメ□ディーの放送が始まってしまう。
『多少は鍵返す時間遅れたって大丈夫だよ』
突然副会長が放った悪の一言が、俺の意識を遠のかせる。
『まあ、忙しい時は学校出るの6時半くらいになったりするし。もうちょっと考えてもらいましょうか、探偵君』
会長の一声が完全に流れを決めてしまった。クリスマスケーキを与えないばかりか、お前たちは俺からおねがいマイメ□ディーを奪うのか?憤怒でやばい事件起こしそう…
『確か、生徒会予備室はまだ見てなかったよね?』
窓の外に広がる漆黒の闇よりもなお暗い俺の心の暗黒を軽やかに無視し、副会長は予備室のドアを開く。たしかに、鍵穴は付いていない。
俺は副会長に続いて予備室に入る。その後に会長と一年生たちが続いて…来ない。振り返って尋ねてみる。
『来ないのか?』
生徒会長は作業台に腰掛けて、こちらに半身を見せている。
そのそばに立っていた暴れ馬が、こちらに向き直った。
『予備室の案内は副会長にお任せです!』
言い切った。最近の一年は生徒会副会長使いが荒いな。
『副会長だけは去年も生徒会いたから、予備室のことも詳しいよ。多分、きっと…』
会長のフォローがフォローになってない。
いやいや、去年から生徒会室のこと知ってるんだったら普通に予備室のことも大丈夫でしょ、多分、きっと…
『何ぐだぐだしてんの』
副会長が急かしてくる。
めんどくさくさめんどくさと思いながら、俺はドアのところから予備室の中を見回してみる。
一言で言って、まあ見るに堪えない。
生徒会予備室は細長い部屋になっており、部屋の奥の方には廊下に出るドアがある。内装は生徒会室と全く同じで、取り立てて古びてもないし新しくもない。壁の造りも天井のタイルも、床の色も生徒会室と同じだ。自分が立っているそばのドアに目をやると、鍵はなく、単にドアノブをひねれば開くごくごく普通の小綺麗なドアだ。立て付けが悪いということも無く、開閉に支障も無い。このドアがある面の壁も、結構綺麗だ。
しかし、それ以外が問題だ。雑多にしまわれた様々な備品が室内いっぱいにひろがり、室内の印象を最悪にしている。
資料を綴じたファイルや帳簿、文具や事務用品、暗幕、横断幕、校旗、トロフィー、賞状、消火器、脚立、バケツ、パイプ椅子、金属製の机、巻かれた大判の納税週間ポスター。
奥の廊下側のドアのあたりに至っても、床に置かれた立て看板、スチール製の掃除用具入れ、ずっしりとしたダンボール、モップ、箒などなど…なかなかの惨状だ。
『ちょっと散らかってるけど気にしないで』
副会長はいつの間にか、先に部屋の奥の方に行っている。
おい、案内しろよ。案内も何も無いような空間だが。
『普段からここはこんな感じなのか?』
『22日に家探ししたあと、ちゃんと片付けてないからなあ…普段はさすがに若干マシ』
『若干か、そっかそっか』
普段から予備室は地獄らしい。
『こっちのほうとかだいぶやばいんだよなあ』
副会長の言葉に、つられて俺も部屋の奥へ行ってみる。
廊下に出るドアは閉まっている。
その右手脇には縦長のロッカータイプの掃除用具入れが鎮座している。
つまりボーイとガールが中に閉じ込められ、外には人がいて出るに出られず…?!的なシチュエーションで大活躍するタイプの掃除用具入れだ。なんとなく埃臭いかほりがする。
ドアの左手脇にはガムテープでがんじがらめの段ボールが積まれ、その隣の床には『生徒会会長選挙』と墨書された立て看板がぞんざいに寝そべっている。
その神聖なる『生徒会会長選挙』の文字列の上には、チリトリとバケツが乱雑に乗っかっている。
おい、終わってんだろ。
『ひどすぎる』
『どう?今から室内捜索する?』
『勘弁してくれ』
6時半くらいまでに生徒会室の鍵を返せばいい、みたいなことは言っていたが。
本当に隠し場所の捜索に手をつけようとしたら、どう考えても1時間以上はかかるのは陽の目を見るより明らかだ。
『一旦出よう。そこのドアは鍵開いてる?』
『開いてるけど…』
チリトリとバケツを掃除用具入れにしまう副会長を尻目に、俺は予備室から廊下に出た。
予備室のドアのすぐ横には、生徒会室後方のドアがある。
副会長が俺の後に続いて予備室から出てきて、予備室のドアを閉めた。
『なあ、一つ聞いていいか?』
副会長が振り向く。
『え?なに?』
『生徒会室の後ろのドア、予備室のドアよりもなんとなくきれいだな』
予備室のドアの表面は、多少日に焼けたのか、どこか色あせた感じが出ている。
そのすぐ隣にある生徒会室のドアの方は見た感じ同じ規格のドアだが、予備室のそれと比べると明らかに新品に見える。
『ああ、今年の春に新しいドアがついたんだよね。そこ』
『なるほど』
よくわかった。大変よくわかった。
『なるほどね』
ポケットからスマホを取り出し、時間を見てみる。今は5時51分だ。
『用務員室ってまだ開いてるかな?』
副会長は静かに答えた。
『そりゃまだ開いてると思うけど。どうかした?』
『一つ二つ、知りたいことが出てきたんだ』
あまりぐだぐだはしていられない。俺は生徒会室のドアを開けた。
『会長、ちょっと用務員室までついて来て欲しい。こっちに来てくれ』
それから、傍にいる副会長に視線を向けた。
『俺の推測が正しければ』
副会長もまた、ゆっくりとこちらに視線を返す。
『この事件のケリは6時半までにつく』
俺たちのすぐ横で、窓側の壁に設置された消火ボックスは物静かに、煌々と赤いランプをともしていた。
* * *
用務員室は一般教室棟の一階の、昇降口の脇にある。
第一特別教室棟を出て渡り廊下を通り、そのまままっすぐ行けばたどり着く。生徒会室からはすぐだ。
『で、何かわかったの』
『何かわかったのかどうか、これからわかる』
『は?』
横からややとげとげしい視線が飛んでくる。本当のこと言ってるのに…
『いくつか用務員の人に確認したいことがある。そのお答えが俺の推理を後押ししてくれるかどうかはわからないけど』
『じゃあ、もう犯人の目星もついてるってことなの』
『ああ。盗まれたものの隠し場所もな』
『そう…』
生徒会役員たちの捜索には、やはり穴があったのだ。
盗まれたものたちとサンタの首は、やはり俺たちのすぐそばにあったのだ。
だが、まだ一つだけ断定できないことがある。
『ところで一つ聞いていいか?生徒会のクリパってプレゼント交換ってやるの?』
俺の質問に会長は少し目を見開く。
『え?唐突すぎる。なんなの』
『他人のクリスマスプレゼント事情がどうしても気になってしまってね…』
クリスマスに対する怨嗟の念を練っていくためには、これも必要な情報収集だ。
『今年はやってないよ。去年どうだったかは知らないけど』
『ありがとう…本当にありがとう…』
自分でも意図せず、心の底から感謝の言葉が出た。
クリスマスプレゼントをもらえないのが自分だけでないと思うと、心に光が満ちる。
『はいはい、どういたしまして。用務員室だよ』
軽〜くあしらわれつつたどり着いた用務員室の明かりは、まだ灯っている。
ドアの横にある窓口から、中に声をかける。
『ああはい、どうかしたの。こんな時間に』
部屋の奥から、中年の用務員が出てきた。
『すみません、ちょっと聞きたいことがありまして…』
『聞きたいこと?どんな?』
『昨日の23日なんですが、学校に出入りする生徒がどれくらいいたかわかりますか?』
以前土曜日に学校に忘れ物を取りに来たことがあった。その時、用務員室へ行って来校者名簿に名前を書いた覚えがある。昨日学校に出入りした人間がいれば、用務員が把握しているかもしれない。
しかしその目論見は見事に外れた。
『ああ、普段は来校者名簿に名前を書いてもらうんだけどねえ。昨日はやってないんだ。サッカー部の練習試合で、部員とか応援とかで結構人が多くてね。応援の人はフリーパスだったよ』
ガバガバすぎるだろ。しかし、チェックしてないものは今更しょうがない。
逆に考えれば人の出入りが多かった昨日だったら、学校への侵入も非常に容易だったということになる。
『ありがとうございます。今のこととは別にもう一つ聞きたいんですが、生徒会室って昔から第一特別教室棟にあったんですか?』
用務員は変な顔をしつつも答えてくれた。
『今の生徒会室の場所は、確か裁縫室だったかな。第二特別棟ができて裁縫室がそっちに移って、裁縫室の跡地に生徒会が入居したんだよ』
やっぱり、そういうことだったのか。
『わかりました、ありがとうございます』
窓口を覗き込んでいた俺を覗き込むように、会長は少し腰を屈めてこちらを見ていた。
『謎は全て解けた、ってやつだ。会長、先に生徒会室に戻っててくれ。俺もすぐに行く』
会長は背筋を伸ばしながら、いかにも不思議そうに言った。
『一緒に生徒会室戻らないの?』
『もう一つだけ用務員さんに聞いてみたいことがある。副会長と一年たちが勝手に帰らないように、先に見張っててほしい』
『そう』
会長は身を翻し、生徒会室の方へ歩き始めた。
『早くしてね。もう18時だし』
『わかってるよ』
そう言いながら、俺はもう一度窓口を覗き込む。
『何度もすみません。最後に一つだけ、聞きたいことがあるんですが…』
静かに冴え渡った冬の夜の廊下に、彼女の歩む足音だけが遠く反響していた。
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